本格的な会社設立

オフィスで働いている優秀な社員に、『私は君たちを必要としている』というメッセージを伝える人材マネジメントを考えることだ。 そうでない社員には、別のメッセージを与えて刺激することも必要だ」彼はそう言って、席を立ちながら私の手を強いグリップで握り締めた。
クライアント先に出かけるために会議室を出て行った。 これが、新しい上司が日本に来たときに、私に与えた最初の仕事であった。
当時、私は人事部門の責任者であった。 勤めていた会社は、ヨーロッパの外資系で、日本の銀行を買収して3年目であった。
上司はアジア地域全体の責任者のオーストラリア人で、日本市場の拡大が彼の当面の課題だった。 日本オフィスの社員は、8割が買収された日本人の従業員で構成されていた。
経営統合の結果、優秀な社員の多くが辞め、その傾向はその頃も続いていた。 その会社では、買収された日本企業の人事制度を継承していた。

そのために、評価やそれに基づく給与制度は、横並びの年功序列的賃金制度の色合いが濃かった。 買収された会社の社員は、善かれ悪しかれ、日本企業の伝統的な文化を引き継いでいた。
それに対して、買収後に新たに採用された社員や、本社から日本オフィスの経営を任されて派遣されて来た外国人たちは、外資系のカルチャーを身につけていた。 経営統合が3年目を迎え、日本固有の企業文化を外資系のスタイルに変えるため、私の上司は思い切った方向転換を考えていた。
彼にとって、経営戦略は人事戦略であった。 ビジネスを拡大するためには、彼の戦略を実行できる優秀な人材が必要である。
利益を生み出す有能なファンドマネジャーやアナリストを会社に引きとめる一方で、外部からも優秀な人材を採用していく。 だが、日本オフィスとしての人数は限られているので、不採算部門は閉鎖し、必要のない人材には辞めてもらう。
従業員同士を常に競わせながら、社員の質を高めていく。 彼の指示は明白だった。
ことで、社員が競い合う企業文化をつくれ」大変な仕事だと思った。 ただ、彼が求めていることは明確であり、そのために必要な人材マネジメントを作成するという、私の役割もハッキリしていた。
私は社員を強制的に3ランクに区分する評価制度を作成するために、これは従業員やニつの観点から評価し、強制的にランクをつけていく評価制度である。 評価期間の業績で評価する。
従業員の傾向が、上昇傾向か停滞傾向か、それとも下降傾向かの視点で評価する。 従業員の能力が、今後の企業戦略に利益をもたらすかどうかの視点で評価する。

まず、評価軸を過去・現在・未来に分けて、従業員の価値を多角的に評価する。 業績評価は絶対評価で、他の二つは相対評価とする。
次に、それぞれの評価を数値化して、合計得点の高い順から従業員を上位に分ける。 評価施策を反映する人事施策は、次のようにする。
上位○○%の社員に対しては、企業に最も必要な人材であることを自覚させ、昇給やインセンティプを他のグループに比べて○○%高く設定する。 中位○○%の社員に対しては、上位者の後任者としての意識を持たせ、必要な能力開発を行う。
下位○○%の社員に対しては、現状を認識させ、自己改革を施し、短期の目標設定とその結果を毎月評価する。 効果が上がらない場合は、退職プログラムを準備する。
上位は評価し、中位は教育して、下位は刺激する。 従業員を三つのカテゴリーに分けることで、それぞれのグループに必要な人事施策を行う。
上位のグループを会社に引きつけ、中位のグループを能力開発によって底上げし、さらに下位グループには刺激を与えてがんばらせることが、この人事制度の目的である。 一週間後に、私の上司に新人事プランを説明したところ、2点修正するように言われた。
1点目は評価ランクの比率を、上位○○%、中位○○%、下位○○%に修正すること。 「これは私の戦略に合わない」と言った。
この一言で廃案になり、従来の人事制度にやや成果主義的な要素を加えた、私のプランに比べるとかなり緩やかな人事制度となった。 私は残念に思うと同時に、内心ではホッとしていた。

私が考えたプランは、社内に大きな混乱を引き起こすことが明白だったからだ。 もし、あのプランを実行していたとして、はたして優秀な人材の流出に歯止めをかけることができたであろうか。
私の上司の経営戦略を進めるうえでは最高のメッセージになったかもしれない。 お金や高いポストだけが優秀な人材を引きつける動機づけになるのだろうか。
従業員を会社に引きつける人材マネジメントの役割について考えるようになった。 人材マネジメントとは、企業戦略を実行するために必要な人材の採用・配置・教育・処遇のプロセスである。
それと同時に、人材マネジメントは従業員を引きつけるものでなければならない。 企業の競争力の源泉は、人材である。
会社と従業員が求めているものにはギャップがある。 そのギャップを埋めていくことが人材マネジメントの役割である。
企業と従業員の新しい幹をつくっていく人材マネジメントを、具体的に提示する。 これまでは、企業が従業員の雇用を保証し、それに対して従業員が企業に忠誠心を捧げる上下関係による社会契約が成立していた。
しかしこれからは、企業が従業員の自己実現を支援しながら、従業員の生み出す付加価値により企業価値を向上させていく人材マネジメントが必要である。 お互いが必要とすることを提供し合いながら、新しい運命共同体の関係を築き上げていく。
コミットメント型人材マネジメントである。 経営者は、固定費としての人件費負担に耐えられなくなり、リストラと成果主義に踏み切った。
一方、従業員は会社に人生を託すことよりも、生活と仕事のバランスを考え、仕事を通じた自己実現に重きを置くようになった。 その結果、日本的経営は終わりを迎えたのである。

終身雇用と年功序列は、会社と従業員との間で結ぼれていた暗黙の社会契約であった。 右肩上がりの経済状況下では、企業は従業員に生涯雇用を保証し、従業員は企業のために忠誠心を捧げることで契約は成立していた。
経済状況の激変は、あっけなくその根底を崩した。 暗黙の社会契約の終罵により、日本社会のセーフティーネットは崩れ、格差社会が到来している。
さらにグローバル化をアメリカ化と誤解した一部の経営者がリストラと成果主義を導入したことにより、階級社会の到来に拍車がかかってしまった。 グローバル経済では、人材価値こそが唯一の差別化要因になってくる。
そこで求められる人材は、高い専門性と倫理観を持ったプロフェッショナルな社員である。 競争力の源泉となる人材を採用し、長い間働いてもらうことが、企業の最重要課題となる。
そのために、働く側の多様な価値観を反映し、人材価値を高める継続的な能力開発が可能な人材マネジメントを提供しなければならない。 この人材マネジメントこそが、企業と従業員をつなぐ鮮となり、新しい社会契約となっていく。
巷には、成果主義を題材とした本が溢れている。 それらのすべてが、成果主義こそが日本的経営に代わる新しい人材マネジメントであると結論づけている。
日本的経営は、終身雇用と年功序列がクルマの両輪として補完し合いながら機能していた。 成果主義は年功序列の代案にすぎない。

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